大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

札幌高等裁判所函館支部 昭和42年(ネ)2号 判決

控訴人

笠島初男

代理人

彦坂敏尚

矢田部理

被控訴人

日本国有鉄道

代理人

鵜沢勝義

ほか三名

主文

原判決を取消す。

控訴人が被控訴人に対し労働契約上の権利を有することを確認する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一控訴人が、昭和二〇年一月一〇日被控訴人の従業員に採用され、以後その職員として勤務し、同三九年四月当時青函連絡船渡島丸機関掛の職に従事していたこと、被控訴人総裁が同年六月一七日請求原因(一)記載の理由により控訴人を懲戒免職したことは、いずれも当事者間に争いがない。

二そこで被控訴人主張の本件免職処分事由の存否について検討する。

(一)  昭和三九年四月一一日、組合が新造船要員問題等をめぐつて青函連絡船全船二時間の時限ストを実施したこと、控訴人が組合青函地方本部渡島丸分会員として右ストライキに参加したこと、渡辺ら三名に対し当日午前八時より一〇時四五分までの間機関部において停泊当直をなすべき旨の業務命令が発せられていたこと、午前九時一五分頃控訴人が前記分会員数名とともに渡島丸昇降階段を下り機械室を経てかま室通路を通りポンプ室に入つて、渡辺ら三名に対し、交代時間がきたから上ろうとの趣旨の声をかけ、中野機関長らから停泊当直者を連行してはいけない旨制止されたことは、いずれも当事者間に争いがない。

(二)  〈証拠〉を綜合すると

(1)  渡島丸船長佐藤一郎は、前記ストにそなえて、昭和三九年四月一一日午前八時頃、渡辺ら三名に対し、同船機関長鎌田秀夫を通じ、書面で前記業務命令を発し(右業務命令が発せられたことは争いない)渡辺ら三名は、確実に停泊当直する旨復命した。

(2)  右機関部停泊当直の職務は、停泊中における船舶の安全就航を確保することであり、その中、ポンプ室当直は、停泊中における貨車積みおろしの際、貨車の荷重によつて生ずる船体の傾斜を修正するためのトリミングポンプ、同コック(別名ヒーリングポンプ、同コックという)の操作、監視各部巡視を、かま室当直は、運転中の汽罐の水罐調整・副汽罐の焚火圧力保持、その他これらに附属するポンプ類監視等を、機械室当直は停泊中の船舶の発電機およびその附属機器類の運転監視を、軸室当直は、船底に滞る汚水の計測、その排水準備を、夫々主たる職務内容とし、いずれも停泊中の船舶の保安上重要な職務である。

(3)  同日午前八時四〇分渡島丸が有川桟橋に着岸後、午前九時一五分頃、渡辺ら三名が右業務命令に従つて停泊当直を果すべく同船ポンプ室に集つていた際、控訴人は組合渡島丸分会員対馬富次郎、宮崎定美、中山政雄、佐藤昌平とともにその先頭に立つて、昇降階段を下り、機械室を経てかま室通路を通り、ポンプ室に入つた(控訴人が他の組合員とともにポンプ室まで至つたことは争いがない)。

控訴人は、ポンプ室で椅子にかけ、或いはストーカーに片足をのせて中腰でいた米沢ら三名の当直者に向つて「交代時間がきたから迎えにきた、もう上ろうじやないか」と真先に呼びかけ、他の同行組合員らもこもごも同旨のことを呼びかけ、特に対馬は米沢の肩をたたいて「米さん、みんな待つているし時間もすぎたから上ろう」と声をかけたので、中野機関長は「当直者にさわるな、名前は何というんだ」と制止した。その後も中野、鎌田両機関長は停泊当直だから連行してはいけない旨制止を繰返したにもかかわらず(右制止がなされたことは争いない)、控訴人はじめ組合員全員が、なおも渡辺ら三名に対し前同様の呼びかけをなし、渡辺ら三名が去就をはつきりさせなかつたため、対馬が渡辺の肩をたたいて「辺さん上ろう」と誘つた後、控訴人において既に自ら立上つていた渡辺、米沢の腕をとつて引張るようにし、対馬も安岡を押すようにして、ポンプ室左舷出入口まで歩き、宮崎、中山、佐藤らとともに一団となつて、かま室左舷通路に出、右通路を機械室横の昇降階段に向つて、対馬、渡辺、宮崎、次いで、安岡、中山、米沢、控訴人、鎌田機関長、佐藤の各順で進んだ。その途中鎌田機関長が控訴人を呼びとめ、「いま、ポンプは動いているし、かまだつて焚いているし、どうして当直者を連れて行くんだ」と詰問したのに対し、控訴人が「ポンプやかまは機関長一人で見ればよいではないか、俺らは何もやる必要はないではないか」と応酬する一幕もあり、また米沢が迎えの人数が足りないともらしたので、中山、佐藤は列を離れて応援の組合員を呼びに行き、安岡以後の者と対馬、渡辺、宮崎の先頭グループ三名とに若干の距離が開き、右先頭グループ三名はそのまま右舷昇降階段を上つて行つた。まもなく安岡、米沢、控訴人、鎌田機関長は機械室に入り、安岡、米沢はいずれも同室主機操縦ハンドル(操縦弁)の傍に立ち、米沢はハンドルに手をかけ、しばらく同室内に滞留した。やや遅れて同室に中野機関長、久利、松本両一等機関士が入室しそれとあい前後して組合員富樫司郎、石坂富蔵、村山厳、山崎三男、里谷利雄の五名が同室横左右各昇降階段を分れ下つて、同室内に入つてきた。その後控訴人は、鎌田機関長の制止にもかかわらず身近にいた米沢に対し「こうして皆が迎えにきたから上ろう」と言つて同人の右腕を二、三度たたいてうながし、米沢は主機操縦ハンドルにかけていた手を離して若干歩き右舷復水ポンプ抽気管を手でつかんだが、組合員によつて押されるような態勢で右舷昇降階段へ自ら歩き、米沢、控訴人、石坂、村山の順で狭い同階段を上り始めた。そのとき組合員から、「まだ安岡さんがいる」との声が上つたので、控訴人は安岡の許へ引返すべく列を抜け、残つた米沢、石坂、村山はそのまま縦一列になつて階段を上つていつた。この間、富樫は安岡の肩をたたいて「安さん時間がきたので迎えに来たぞ、さあ行こう」と誘い中野機関長より「身体に手をかけるな」と制止がなされたが、安岡も米沢が前記階段を上りつつあるのを目撃するや同じ階段に向つて自ら歩き、これに富樫、ひき返して来た控訴人、山崎の順で追従して同階段を縦一列状で上つて行つた。

以上の事実が認められる。〈証拠判断省略〉

(三)  そこで進んで、渡島丸船長佐藤一郎が渡辺ら三名に対して停泊当直を命じた前記業務命令の効力について判断する。

船員法六七条国鉄船舶就業規則二一条にいう船長が時間外労働を命ずる臨時の必要があるときとは、過重労働を強要されるべきでない労働者の基本的権利に鑑み、船舶、航行の安全保持上必要と認められるときと限定して解するのが相当である。ところで本件において、船長から渡辺ら三名に発せられた当日午前八時より一〇時四五分までの間機関部停泊当直を命ずる旨の業務命令に、右説示の臨時の必要性を認めうるかについて按ずるに、〈証拠〉によれば、本件時限ストは下船番者が下船するや乗船番者を乗込ませないことを企図したものであることが認められるのであつて、そのため引継停泊当直者が乗船できず、停泊当直者が皆無となる事態がほぼ確定に予測されていたものであり、前記認定の機関部停泊当直職務の船舶保安上の重要性に鑑みると、船舶の安全を確保すべき最高責任者たる船長としては、右の停泊当直者の欠缺に伴う危険を回避する手段を尽すべきはその職責上当然の措置というべきである。そして〈証拠〉を綜合すると、渡島丸の当日における通常の運航ダイヤは午前九時一五分頃乗下船番者が交代引継を完了して下船番者が下船し、午前一〇時二五分青森に向け出航予定であつたこと、渡辺ら三名はその勤務割により右引継に際しての停泊当直者と予定されていたものであることが認められるのであるから、渡島丸船長佐藤一郎が前記の危険を未然に防ぐべく、渡辺ら三名に対して一般の下船時刻である午前九時一五分以降にわたつて停泊当直を命じたのは、正になすべきところを尽したまでのことであつて、その必要性に毫も欠けるところはなく、これを無効とする控訴人の主張は到底採用の限りでない。

(四)  以上の認定、説示によれば、控訴人は他の組合員とともに渡島丸船長佐藤一郎の発した有効な停泊当直命令により就務中の渡辺ら三名に対し、右当直を放棄してその部署を離れるよう自ら説得し、かつ渡辺、米沢の身体に手をかけ、鎌田、中野両機関長の再三の制止をききいれずに渡辺ら三名を連行してその部署を離脱させ、その結果停泊当直者の欠務を招き、前記業務命令の実効性を阻害し、被控訴人の企業秩序を紊したものと評し得るから、控訴人の右所為は一応国鉄船舶就業規則四二条一七号所定の国鉄船員として「著しく不都合な行為」に当り、ひいては国鉄法三一条一項一号所定の「国鉄の定める業務上の規程に違反した場合」に該当するものというべきである。

三ところで控訴人は本件免職処分は懲戒行使の範囲を逸脱しその濫用であると主張するので按ずるに、前記対馬以下九名が行つた前項認定の各所為、就中、ポンプ室において中野機関長の制止をきき入れず渡辺ら三名に働きかけて遂に渡辺を連行し去つた対馬の行動、機械室において中野機関長の制止にもかかわらず安岡に働きかけて結局同人を当直離脱に踏みきらせた富樫の行動等を、控訴人自身の前記認定の加功程度と対比すると、なるほど控訴人は、ポンプ室が衆に先んじて渡辺ら三名に声をかけ、ポンプ室、かま室通路、機械室の三ケ所で機関長から制止され、またポンプ室において渡辺、米沢の、機械室において再び米沢の各身体に手をかける等最も積極的な言動をなしたものといいうるし、また〈証拠〉によれば、控訴人は昭和三八年一〇月頃まで組合渡島丸分会長を勤め、平素同僚から分会と呼ばれるほどで、本件スト当時は組合非専従活動家として日頃組合活動に熱意を示していたことは認められるものの、〈証拠〉によれば、控訴人は、当日午前九時一五分頃、スト参加の組合渡島丸分会員とともに操機掛室に集合していた際、同分会執行委員富樫司郎より、時間が来たから当直者を迎えに行くようにという指令をうけ、たまたま同室出入口近くに座を占めていたため真先に立上り、これに続いた対馬、宮崎、中山、佐藤らの先頭に立つたままでであつて、連行要員の選抜、指揮者、担当役割等に関する事前打合せあるいはその場での指示はなかつたことが認められ、その他控訴人が渡辺ら三名の連行にあたり特に指揮者として行動したことを認めるに足る的確な証拠はなく控訴人の所為が前掲他の組合員らの所為に比し、その情状において、各人の受けた後記処分結果の相違程に、著るしく隔絶するものがあるとは認められない。

その上、〈証拠〉によれば、米沢は既に昭和三九年四月九日、日の出ホテルにおける非番者集会において、組合員が迎えに来てくれれば当直を放棄して下船する旨確言しており、同月一〇日渡島丸船内における集会の際にも渡辺ら三名の意思は右同旨であることが確認されていたものであつて、これに応えて、渡辺ら三名は控訴人らによる連行に対しこれを峻拒する特段の抵抗らしき態度は示さず、言語による反対意思さえ表示していなかつたことが認められる。〈証拠判断省略〉右認定事実によつてみれば、渡辺ら三名は、なるほど前記業務命令とスト参加との二者択一の窮境に立たされしかも機関長、一等機関士らが身近にいたことと相侯つて逡巡を重ねたとはいいうるものの、同人らの当直離脱の結果が全くその意に添わないものであると断ずるには多分に躊躇を禁じ得ないところである。

しかも、〈証拠〉によれば、当時接岸中の渡島丸船内には、渡辺ら三名とともに停泊当直を命ぜられた車二等機関士のほか、鎌田機関長、久利一等機関士、福士操機掛ら下船番者、乗船してきた中野機関長、松本一等機関士、尾崎二等機関士、館林、石田両操機掛、船員区から臨時派遣の操機掛操罐掛五、六名、その他相当数のスト不参加機関部員が滞船して本件時限ストに備えていたものであつて、渡辺ら三名が部署より離れた後直ちに停泊当直の義務を代行し、船舶、航行に関する具体的危険を発生するに至らなかつたことが認められる。〈証拠判断省略〉。

しかるに〈証拠〉によると、渡辺ら三名の連行に当つた前記組合員に対する懲戒処分の種類、程度は、控訴人が独り免職処分に処せられたのに対し、対馬が停職一ケ月、宮崎、中山、佐藤、富樫、石坂、山崎、村山、里谷は各減給一〇分の一、三ケ月間宛にとどまることが認められるのであるところ、一方、〈証拠〉によれば、本件時限スト関係者に対する制裁、懲戒は、控訴人および前記対馬ら九名の同行者を除けば、小山田哲也中央本部執行委員(中央斗争委員)、荒木五郎青函地方本部副委員長、小王同本部船舶支部委員長の三名が公労法一八条による各解雇、金幹雄、佐々木隆吉各同本部船舶支部執行委員、伊藤同本部執行委員の三名が各停職六ケ月、右佐々木隆吉の指揮の下に同人とともに渡島丸甲板部停泊当直者である操舵掛水上茂を強制連行した津島、大森、伊藤の三名が各減給一〇分の一、一ケ月間であつて、以上のほかは二〇〇余名が戒告、六〇〇余名が懲戒外の訓告にとどまること、本件時限ストにつき渡島丸に関しては佐々木隆吉は最高指導者であり、富樫司郎は機関部内責任者であつたのに比し、控訴人は、組合役員の指示に従つて行動した一般組合員にすぎなかつたこと、これまで全国を通じ争議に関連して国鉄法三一条により免職処分をうけたものは八八名に達するところ、公安職員、管理職者に対する暴行、傷害等の衝突がなく、あるいは刑事事件ともならず、単に業務命令違反の結果を来し、ないしは他組合員を連行したとの廉で免職とされたものは極めて稀であること、控訴人は本件に関し刑事事件として取調を受けていないこと、以上の諸事実が認められる。これら上記の諸事情を綜合考察すると、被控訴人の控訴人に対する免職は、苟酷に失し、懲戒権行使の裁量の範囲を著るしく逸脱したものとして懲戒権の濫用にあたるものというべきである。

四しかるところ、被控訴人は本件免職処分は行政処分であるから、これに存する瑕疵が重大かつ明白でないかぎりその効力を否定される理由はない旨主張するので按ずるに、被控訴人国鉄が国有鉄道事業等の能率的な運営を計るため法律に基づいて設立された公法人である(国鉄法一、二条)ことは被控訴人主張のとおりである。しかし国鉄は公共の福祉の増進を目的として鉄道事業等を経営し、財産を管理するところから、役員の任免、事業経営、予算会計等に特殊の法的規制が施されているにとどまり、その事業の本質は私企業による鉄道事業等の経営と等しく、国家権力の行使とは直接関連のないものである。しかも国鉄法その他関係法規を通覧するも、国鉄職員の勤務関係について一般公務員のように特別権力関係の下にあることを示す趣旨の規定は存せず、むしろ対等当事者相互の法律関係として規定されており、国鉄職員の懲戒権者を総裁と定めている国鉄法三一条も懲戒処分という部内規律維持に関する重大事項の決定には特に総裁自らが当るべきであるとの趣旨から設けられたものにすぎないと解されるから、国鉄とその職員との雇傭関係は基本的に私法関係に属するものと解するのが相当であり、したがつて国鉄総裁が国鉄法によつて行なう免職処分は行政庁の公権力の行使たる行政処分とはいいえない。

してみれば前記懲戒権濫用の違法が重大かつ明白であるか否かを問うまでもなく、被控訴人総裁が控訴人に対してなした本件免職処分は無効であるといわざるを得ない。

五以上の次第であるから控訴人は現になお被控訴人の従業員として、労働契約上の権利を有するものというべく、その旨の確認を求める控訴人の本訴請求は正当として認容すべきであるからこれを棄却した原判決は取消を免れない。

よつて民事訴訟法三八六条、九六条、八九条を適用して主文のとおり判決する。(鈴木潔 山口繁 今枝孟)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例